カメラマン山元彩香さんインタビュー【前編】

merweddingで、コスチュームジュエリーアクセサリー〝maruo〟を撮影したのは、新進気鋭の写真家・山元彩香さん。宗教画をも彷彿とさせる静けさと美しさに貫かれた世界は、山元さんの写真の特徴で、そのたぐいまれな感性が国内外で注目されています。異国のイノセントな女の子のポートレート作品を撮ってきた彼女が、今回、初めてコスチュームジュエリーという〝物撮り〟に挑戦。どうして、こんなに不思議に美しい世界が生まれるのか。山元さんが写真という媒体を使ってやっていること、やりたいことは何なのか。じっくりと話を聞きました。「みなさんのポートレートも撮っていきたい」という今後の野望についても。どうぞ、アートの先端を覗いてください。

山元彩香さんprofile

山元彩香/Ayaka YAMAMOTO
フォトグラファー
1983年 兵庫県出身。京都精華大学芸術学部造形学科洋画コース卒。
米国への交換留学を機に写真の制作をスタート。
自身の持つ知識や経験や言葉の通じない東欧諸国やアフリカなどに滞在し、現地で知り合った少女たちのポートレート写真を撮り続ける。
それらをまとめた写真集『We are Made of Grass, Soil, and Trees』(T&M Projects、2018)が、2019年「さがみはら写真新人奨励賞」を受賞。
国内外で写真展やレジデンスに参加。
ayakayamamoto.com

●もともとは絵画をなさっていたんですよね。写真へ移行したきっかけは?

油絵専攻だったのですが、大学3年生の時に交換留学で半年間、アメリカ・サンフランシスコの芸術大学へ行く機会を得ました。そこでは絵画、写真、映像などいろいろな授業を受けることができて。英語もまったく喋れない状態で行ったのですが、運よく写真の学科に日本人の先生がいらして、全面的に面倒をみてくださったんです。そこで本格的に写真と向き合いました。

今もポートレートを撮っていますが、私は人間が好きで、絵画でも人間を描いていたんです。でも絵画って、いくら自分がリアルなその人を描いていると思っても、出来上がった絵は結局はファンタジーでしかないように感じていました。自分の創作物でしかないというか。その点、写真は違います。どんなに背景や衣装や小道具で作り込んだ世界を撮ったとしても、どこかに現実の断片が写り込んでいる。そのときどきの空気みたいなものが、必ず写り込んでいるんです。だから、見る人を惹きつける強さがあるんだと思う。その強さに惹かれて、写真に関心が向いたのだと思います。

サンフランシスコで写真を撮り始めたときに、ある発見がありました。コンタクトシートというんですけど、撮った写真の見本紙みたいなもので、小さなサイズで写真がバーッと並んでいるシートがあります。友達の女の子を撮影したコンタクトシートを見ていたら、もちろん、その子が写っているんだけど、中に一枚だけ「あれ、これ、誰だろう?」みたいな顔の写真があった。その写真のその子は、名前とか性格とか、その子らしさみたいなものがすべて奪われて、〝からの器〟が写っているように見えました。

●山元さんの言う〝からの器〟とは? もう少し詳しく聞かせてください。

©︎ Ayaka Yamamoto

人間って、本当はいろいろな自分が、自分の中にいるじゃないですか。母と話すときの自分、友達と話すときの自分、恋人と話すときの自分、ひとりで自問自答しているときの自分……。みんな違うんですよね。自分では意識していなくても、人の中にはいろんな自分がいて、それが必要に応じて、自分という箱から出たり入ったりしていると思うんです。

私はその出たり入ったりしている部分ではなく、出たり入ったりしている出どころの、箱じたいに興味がある。その人の〝からの箱〟の部分が見たいんです。ある意味それは、「その人らしい」っていうところから、一番遠いところかもしれない。それを見たい、撮りたい。そこにすごく魅力を感じます。

普通はポートレートって、「その人らしい」とか「個性が出ている」とか「きれいに写っている」とか、そういう写真がよいとされていますよね。日本にいるときは私もそう思っていました。でも、たまたまサンフランシスコで撮った一枚の写真は、そういうポートレートではまったくなくて、友達の〝からの箱〟の部分が写っていて、私はそれにすごく惹かれた。面白いと思った。〝からの箱〟のポートレートは、その人らしさを超えて、教会にある宗教画とか、あるいは能面のような、何か大きな力が降りてきているような感じです。ちっぽけな個人ではなく、もっと普遍的な何かを宿しているような。そういう顔をするときが誰にでもあるんです。それを私は見ることができる。写真に撮ることができる。サンフランシスコでそのことを発見できたんです。

●そういうポートレートは、撮ろうと狙って撮るのが難しそうです。

そうなんです。最初はビギナーズラックというか、たまたま撮れただけで、あえて撮ろうとするのは結構難しいことでした。いろいろ試行錯誤しました。

最初は日本で撮ろうと試みました。ところが自分のよく知っている環境で撮るのは難しかったです。言葉が通じる相手だとなおさらです。人って、言葉でコミュニケーションが取れると、すぐに相手のことを理解したつもりになってしまうんですね。私はそういうことではない、もっと深いところを撮りたいのに。言葉が通じない相手ならいいかな、と思って、外国の方に声をかけて撮影もしてみたんですけど……違和感がありました。

それからはフランスやドイツ、イタリアなどの国々へ行って撮影をしました。ひとりでユースホステルに泊まって、街をブラブラしながら、向こうで人をナンパして撮るんです。でも、西ヨーロッパでは自分の想像以上のものは撮れなかった。なんだろう、フランスなどの西ヨーロッパの風景は、本や映像などで見て知っている感じがするし、音も、フランス語や英語が聞こえてくると、なんだか知っている気になるんですよね。ロクに話せもしないのに(笑)。それで、もっと自分が全然知らないところへ飛び込んでみたいと思って、エストニアへ行ったのが、今のような写真を撮る本格的な始まりでした。

●東ヨーロッパのエストニアでは、変わった体験をしたそうですね。

©︎ Ayaka Yamamoto

最初は2009年の冬に、エストニアの首都・タリンへ行ったんです。エストニアの冬は日光がまるで出なくて、朝10時ぐらいにぼんやり明るくなって、午後3時にはもう真っ暗。しかも外はマイナス20℃とかなので、誰も歩いていなくて、モデルになってくれる人をナンパするどころではなかったです。それで心が折れて一回帰国し、今度は夏に行こうと思いました。調べたら、エストニアの田舎に行くボランティアがあったんです。障害を持つ人たちが、100人ぐらい住んでいるところがエストニアの森の中にあって、一緒に生活して介助をするというボランティアを募集していた。お給料は出ないけれど、住むところと食事は用意してもらえる。

そのボランティアは特に資格が必要なわけでもないんです。私は日本でも障害のある子供のいる学校で、美術の教師を一年ぐらいやったことがあって。障害を持つ人とは、言語ではない部分でコミュニケーションをとったりするでしょう。そういうことにとても興味があるので、エストニアのボランティアは私には有意義に思えました。

2010年の夏の3ヶ月間、エストニアの田舎でボランティアをしました。そこは本当に森の中にポツンとある、隔離された感じの施設でした。インターネットも通じないときが結構あって。そこで私は朝起きて夕方まで、みなさんと遊んだり、工作をしたりして、仕事を終えてから撮影に出かけました。近所とか、自転車に乗って違う村へも撮影に行きました。すごい冒険でした。あちらは基本的にロシア語なので、言葉は通じません。辞書を持っていったので、単語だけでなんとか意思の疎通ができる感じです。でも向こうの人たちも、私が人生で初めて会う日本人だから、みんな、すごく優しく迎えてくれて。村の子供たちが集まってきて、「漢字を書いてみて」とか。

団地みたいなところで、女の子たちがよく集団で遊んでいるんです。田舎で何もないからヒマしてる。そういう子たちをひとりひとり撮らせてもらいました。はたから見たらヤバイことをしているみたいですよね(笑)。でも、私がカメラを持って「一緒に遊ぼう」みたいな感じで行くと、みんなが「撮って」「撮って」と寄ってきて、遊んでいる感覚なんです。現地で買った衣装も担いでいくので、「ねえ、どれにする? どれにする?」みたいな感じで、私自身も一緒に遊んでいる感覚。それが、じゃあ、これを着て、ここに立って……となって写真を撮り始めると、急に私が喋らなくなって、めっちゃ真剣になる(笑)。私がそんなだから、みんなもカメラの前に立つと、シュッと静かになる。でも怖がっていたり、緊張しているのではなく、自然な姿でそこに立ってくれます。写真を撮るときは、ひとりの子に結構、長く時間をかけています。30分とか1時間とか。みんな、何にも言わずに付き合ってくれます。不思議といえば不思議ですよね。

●まだまだインタビューは続きます!

後編では写真集のエピソードや、merweddingでの撮影についてもお話いただきました。
公開をお楽しみに!